ブスイ・アジョウ「Mother / Amamata」

ブスイ・アジョウ
「Mother / Amamata」

2023.6.16 - 7.29

©Busui Ajaw
Press Release

場所:nca | nichido contemporary art
会期:2023年6月16日(金)- 7月29日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝日休廊)

nca | nichido contemporary artは、ブスイ・アジョウ (1986年生まれ、チェンライ在住)による、「Mother / Amamata」を開催いたします。ncaで初の個展となる本展では大作含む未発表最新作のペインティングを発表いたします。

母:アママタ

ブスイ・アジョウの作品は、鮮やかな色使いと、筆致が生み出すドラマティックな質感を用いる表情豊かなスタイルの絵画で知られている。作品は暴力的で心理的な面がある、と時に言われるが、それらの説明が、彼女の生い立ちに由来するユニークな側面をないがしろにしているようで、私には不満に思う。それは上から高く、遠くから深く、異なる視点から私たちを照らしているのだ。アジョウは、もとは東南アジアと中国南西部の高原地帯の小さな村に住んでいた民族、アカ族に属している。半遊牧民のような生活をしていた彼らは、平地からやってきたハン(漢民族)、タイ(タイ族)、バマー(ビルマ族)などの政府権力に抵抗し、逃れてきた人々であり、程度の差はあるものの、この地域の5つの異なる国家に同化して生活している。アカ族はアニミズムと祖先崇拝を組み合わせた信仰体系が元であるが、現在ではキリスト教や仏教に改宗している者も少なくない。

アジョウはミャンマーで生まれた。一家は政情不安から逃れるため、彼女が幼い頃にタイのチェンライへ移り住んだ。アジョウは美術学校には通っていないものの、職人家系に生まれ、工芸家である彼女の父親は、語りや木彫りの制作を通して彼らアカ族に関する知識を伝えている。アジョウは15歳の時、父の跡を継がず、画家を目指した。20世紀にキリスト教の宣教師がやってきて、ラテン語をアカ族に持ち込む以前、彼らには文字がなかった。そのため彼らの知識は、口承と象徴主義を通して伝えられた。その後、アカ族が高地のあらゆる地に散らばったため、彼らの知識は統一性に欠ける結果となる。そのような背景を持つ意味で、アジョウの作品はアカ族の経験を視覚的な表現という形式で収集し、描写する最も実質的な試みであろう。

「Mother / Amamata」は、アジョウの日本での初個展である。nca | nichido contemporary artでは、彼女の制作の中心であったテーマを再考している。それは彼女がアカ族の女性としてのレンズを通して、自身の物語を表現したシンガポール・ビエンナーレ2019での初の国際的なプレゼンテーションの続きである。シンガポールでは、アカ族の英雄の叙事詩を伝える大型ペインティングのシリーズを発表した。アジョウは裸の女性を赤色で描いた作品で物語を始めた。女性はアカ族の象徴である頭飾りと、髑髏を身に着けている。これは人間と幽霊の両方を産んだすべての母、「アママタ」を描写したものだ。彼女はアカ族、そして人間と幽霊どちらをも導くために神々から授けられたタイタンである。残念ながら、彼女がこの世を去ったことで、人間界と霊界の間に隔たりができてしまった。神話に詳しい方なら察しがつくかもしれない。幽霊を出し抜いたのは人間で、人類は長きにわたり呪われる結果になったのだ。とはいうものの、アママタの物語は伝統的なアカ族の文化において、女性や母親が重要な役割を担っていることを示すものである。

本展では、アジョウが母親としての経験から、アママタという像を再考している。本展で展示される絵画は、彼女が第一子を育てながら描かれたもので、彼女が経験した現実についての熟慮から生まれたものだ。アジョウ自身の独特の立場から伝統を語るだけではなく、現代の家父長制社会が山間部にまで及んでいる一方で、アカ族が苦しんでいるという抑圧を明確に示している。これらの作品は遠く離れた高地からきたものであると同時に、低地からきたもの、すなわち、タイ社会の一般よりも下部からきたものである。アジョウは絵の中に幽霊をも呼び戻している。「アママタ時代に、人間と幽霊が一緒に暮らしていたのには理由がある。人間の心は揺れやすく、私たちは自身の特性を否定しがちである。こうして私たち人間は、闇の中に自分自身の対を創り出す。幽霊の中に自身の弱さを見ることで、差別と搾取の無限ループを引き起こしているのだ。」とアジョウは言う。彼女は対象をオブラートに包むことなく描こうとし、影に隠れていた人々、つまり不安定な状況にある女性たちに焦点を当てている。彼女たちは無国籍でホームレスかもしれない。娼婦かもしれないし、シングルマザーかもしれない。あるいはその全てかもしれない。アジョウは私たちが長い間忘れていた原初の世界観を生み出すよう、アママタに戻ろうとしている。最も必要とする人々に光を投げかけられるように。こうして、私たちは幽霊と向き合うことで、差別と搾取の輪は断ち切られるのだ。

by Vipash Purichanont / ヴィパシュ・プリチャノン(キュレーター)


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