きおくの未来 : アジア、日本の美術と戦後の暮らし Curated by Nobuo Takamori

きおくの未来 : アジア、日本の美術と戦後の暮らし
Curated by Nobuo Takamori

2024.7.20 - 9.14

Press Release

会場:nca | nichido contemporary art
会期:2024年7月20日(土)~ 9月14日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
オープニングレセプション:7月20日(土)17:00 ~ 19:00

作家: 香月泰男 / 木村忠太 / 平野遼 / 三岸節子 / 宮崎進 / 脇田和
磯村暖 / モニラ・アルカディリ / チュラヤーンノン・シリポン / チェン・レンペイ (程仁珮) /
ガン・チン・リー / リン・シュー・カイ (林書楷)

キュレータートーク:7月20日(土)15:30~17:00  
出演:タカモリ・ノブオ (通訳:池田リリィ茜藍)
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nca | nichido contemporary art は台湾出身のキュレーター、タカモリ・ノブオ氏キュレーションによるグループ展、「きおくの未来 :アジア、日本の美術と戦後の暮らし」を開催いたします。本展では弊画廊(日動画廊本店)が取り扱う日本近代作家と、アジアの現代作家の作品を一堂に紹介します。テーマに基づき、近・現代の作品を並列することで、時間や地理を超え、アジアの歴史や現代の諸問題をさまざまな視点から議論し、対話の場を築きます。本展のオープニングに合わせてタカモリ氏が来日いたします。

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アジア諸国が冷戦期に遂げた高い経済成長は、私たちが認識している今日のアジアを形づくり、それに伴い、新しい現代的な暮らしがアジアで誕生した。戦後、アジア経済の発展を先導したリーダー格の日本は、高度経済成長期におけるライフスタイルやポップカルチャーを通じて、アジア各地に深い影響を与えてきた。しかし、繁栄とインダストリアライゼーションの背後には、産業史やエネルギー危機、そして東西冷戦の対立などの問題をも孕んでいる。「きおくの未来」展は、記憶の中の未来をなぞり、郷愁を伴随したフュチュリズムを探求しようと試みた企画展である。また戦後の日本美術をけん引した近代画家たちの作品と、日本を含むアジア各国の新鋭アーティストの作品との対話を通じて、過去―現在・未来を往還する旅を、新たに創り直すことを期待している。

本展では、日動画廊のコレクションから、香月泰男、宮崎進、木村忠太、三岸節子、平野遼、脇田和などの戦後日本美術の作品が一堂に会する。1911年(明治44)に山口県で生まれた香月泰男(かづき・やすお、 1911〜1974)は、第二次世界大戦が終結した直後に、シベリアで捕虜として強制収容所のラーゲリに抑留された。捕虜生活の忌まわしい記憶を掬い上げるように、香月は暗く重い題材の作品を多く描いた。1922年(大正11)生まれの宮崎進(みやざき・しん、1922 ~ 2018)も、香月と同じく山口県で生まれ、シベリア抑留の原体験を持つ。しかし宮崎は、どちらかといえば旅という数多くの経験を通じて、西洋近代絵画の風潮の養分を吸収し、それらを創作の土台とした。彼らのように祖国日本に生還した作家もいれば、一方で日本を離れた作家も少なくない。経済復興期における日本は、多方面において厳しい状況が続いた。加えて戦後の日本の美術界もまた閉塞的傾向に陥っていたため、多くの作家が次々と日本を後にした。1917年(大正6)に香川県で生まれた木村忠太(きむら・ちゅうた、1914〜1987)は、1953年(昭和28)に渡仏し、以来辞世するまでパリに根を下ろした。フランスの近代美術の影響を色濃く受けた木村だが、戦後の日本において重要な絵画表現の一つを確立したともいえる。

1905 年(明治38)に愛知県で生まれた三岸節子(みぎし・せつこ、1905~1999)は、戦前の美術界で頭角を現した新星画家の三岸好太郎(みぎし・こうたろう、1903~1934)の妻でもある。シュルレアリスムの作家だった三岸は若くしてこの世を去ったが、妻の節子は1946年(昭和21)に創立発起人として女流画家協会を創設するなどして、終戦後も精力的に画壇で活躍し続けた。1954年(昭和29)に渡仏した節子もまた、最晩年に帰国するまで、フランスを拠点に制作に打ち込んだ。1927年(昭和2)に大分県で生まれた平野遼(ひらの・りょう、1927~1992)は、戦後の日本社会で模範的な生き方をした洋画家ともいえる。終戦の混乱期では、米軍のポスターなどを描いて生計を立てるなどしていたが、貧しさに苦しみながらも自己研鑽を続け、独自の画風を切り拓いた。1908年(明治41)に東京で生まれた脇田和(わきた・かず、1908~ 2005)は、その華々しいキャリアから、同時代の画家を代表する一人に数えられている。戦前はドイツで学び、1951年(昭和26)に開催された第1回サンパウロ・ビエンナーレの日本館の出品者に選出されるなど、戦後も日本国内で精力的に作品を発表し続けた。日本の戦後画壇の大家たちの作品群や生活の有り様は、在りし時代を紐解いて理解するための端緒となる。

さらに本展では、アジア各国の現代アーティストを招聘し、戦後から現代に至るまでの社会や文化のコンテクストを共に再構築している。タイ人アーティストのチュラヤーノン・シリポンは、太平洋戦争下に遺された日泰共通の集合的記憶のほか、戦後の日本におけるコンシューマリズムとポップカルチャーが、どのようにして女性の表象を広めていったかに着目してきた。マレーシアのアーティストのガン・チン・リーの絵画は、冷戦初期に、イギリス軍がマラヤ共産党の蜂起を鎮圧するために設置した、華人系住民の村落の新村(New Village)を描いているほか、グローバリゼーションが強まる中、移民労働者によってさらに複雑化するマレーシア社会といった、戦後社会の普遍的な現象を絵画で応答している。

幼少期の記憶にある油田を呼び覚ます、クウェート出身のアーティストのモニラ・アルカディリの作品は、神秘的で壮大な石油精製工場と子ども時代の幻想とが、虚実ないまぜに一体をなしている。冷戦時代のオイルショックを経験した団塊世代の観者にとって油田は、石油危機と紐づいた記憶として深く脳裏に刻まれているだろう。資源インフレを乗り切り、日本の産業構造が大きく転換する中で、基礎工程を担う下請け産業は、1970年代から1980年代にかけて、台湾ないし東南アジアといった国々に移転を余儀なくされた。台湾人アーティストのリン・シューカイ(林書楷)の家族が経営していたアルミ鋳造所も、台湾における産業の移り変わりの荒波にあらがえず、やむなく廃業に追い込まれてしまった。実父が工場で使っていた木型を用いて未来都市を組み立てるリンの立体作品は、記憶と未来を仲立ちするインターフェイスとして機能する。横浜に居を置く台湾人作家のチェン・レンペイ(程仁珮)は、外国人の眼差しを通じて日本の現代生活や食文化を写真で捉えてきた。チェンの作品は、移民社会化する日本や生活の多様化を暗示している。

本展では、日本の現代美術家の磯村暖(いそむら・だん、1992~)も出品する。磯村の絵画作品は、捻じ曲げた人体に対し、自身の記憶に対する観念が重ね合わせられている。同時代を生きる磯村の作品と、戦前から戦後にかけて活躍した作家たちの作品を対比して観ることで、日本の異なる世代の絵画の進化の興味深さを発見できるだろう。戦前から戦後にかけて日本の美術界に影響を与えた作家たちは、高度経済成長期と平行して成熟した絵画の言語を発展させ、時代の集合的記憶を構築した。一方でアジアの今を生きるアーティストたちもまた、彼ら自身の記憶と探求を通じて、過去の未来を再構築し、同時代におけるアジアの暮らしを描いている。

テキスト:タカモリ・ノブオ 訳:池田リリィ茜藍


タカモリ・ノブオ / インディペンデント・キュレーター
現在台北を拠点に活動
国立台湾美術館が主催するアジアン・アート・ビエンナーレ2021, 「Phantasmapolis/aファンタズマポリス」のチーフ・キュレーターを務める。また、台北芸術大学の客員教授でもある。10年以上にわたり、台湾と東南アジアの知られざるつながりを連想させるキュレーションとリサーチ・プロジェクトに取り組み、双方の現代アートの交流を促進する実践的な交流プロジェクトを行っている。
タカモリの代表的な企画展に、「Post-Actitud」(2011年、Ex Teresa Arte Actual、メキシコDF)、「South country, South of country」(2012年、Zero Station、ホーチミン市&Howl Space、台南)、台湾国際ビデオアート展2014「The Return of Ghosts」(Hong Gah Museum、台北)、「Is/In Land: モンゴル・台湾現代アート交流プロジェクト」(2018年、Art Space 976+、ウランバートル&Kuandu Museum of Fine Arts、台北)、「The Secret South: from Cold War Perspective to Global South in Museum Collection」(2020年、台北市立美術館)など。

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