ジャン=リュック・モーマン:JEAN-LUC MOERMAN

ジャン=リュック・モーマン:JEAN-LUC MOERMAN

2018 4.20 - 6.2

レセプション:4月20日(金)18:00 – 20:00 

©Jean-Luc Moerman
Press Release

会場:nca | nichido contemporary art
会期:2018年4月20日(金)-6月2日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
レセプション:4月20日(金)18:00 – 20:00 

この度、nca | nichido contemporary artはベルギー出身のアーティスト、ジャン=リュック・モーマンによる個展を開催いたします。 
モーマンはパブリックスペースや美術館内を覆い尽くすような大規模なペインティングで一躍注目を集め、以降国内外の美術館や国際展での展示、また企業とのコラボレーションを多数行うなど幅広く活躍しています。
モーマンは描く対象の大小に関わらず瞬時に構図を捉え、独特のイメージを反復しながら躊躇なく描いていきます。枠にとらわれず大胆かつ綿密で流れるようなペインティングは、各々の環境やモノにすばやく呼応し、視点によって絶えず姿が変わります。
ncaにて4回目の個展となる本展では、近年に制作された大規模なペインティングと、名画のイメージの上にタトゥーのように描かれたドローイング作品を合わせて発表します。


歴史を象るモチーフが今、覚醒する

 ジャン=リュック・モーマンの作品を初めて目にしたのは日本初個展となった2005年9月nca | nichido contemporary art以下nca)における『Tattoo Project』でした。雑誌やフリー・ペーパー、ポスターのセレブリティ・フォトは、顔から足先まで黒一色のタトゥーで埋め尽くされていました。そして、会場のギャラリー・スペースには、まるでエイリアンの触覚を想起させるような有機的でダイナミックなウォール・ドローイングが描かれていました。「タトゥー」と壁に描かれた「グラフィティ」は、いずれもある時代(あるいは今でも)、ある国や地域ではいずれも非合法であり、現在ではアートとして認められている一方、未だにネガティブなイメージを払拭し切れていないのも事実です。※1私達は現代のアイコンたるセレブリティに対して、ある種のブランドと呼ぶに相応しい強固なイメージを持っています。ところがモーマンによる「タトゥー」が施された彼らの顔は、当然のことながら、全く別のキャラクターへと変容しています。マオリ族のタトゥー文化を調査した、ベルギー出身の社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、「装飾は顔なのであり、むしろ装飾が顔を創ったのである。顔にその社会的存在、人間的尊厳、精神的意義を与えるのは、装飾なのである」と語っています。※2このことからも、モーマンの『Tattoo Project』は、既存の価値観に揺さぶりを掛け、虚構の社会的イメージに潜む本質を暴き出すものといえるでしょう。また、「タトゥー」とは本来、その支持体である身体の消滅と共に滅びる運命にあります。しかしながら、アーティストにより無限の命を与えられた同シリーズ作品は、永遠に創作当時の社会が有する価値観や倫理を留め置くことになります。
 また、ブランド・ロゴと排泄物のように、相反する象徴的モチーフを用いた作品で知られるヴィム・デルボアは、生きている豚に「タトゥー」を入れる『芸術農場』(中国・北京市)プロジェクト(2004-2005年)を手掛けています。※3一方でモーマンは、フランスの有名ブランド「LONGCHAMP」のレザー製バッグに、「タトゥー・ペインティング」を施したコラボレーション(2009年)を行っています。中華圏における”富”や”幸福”の象徴である豚と、ネガティブなイメージを有する「タトゥー」が生み出すアンンビバレントな価値観に対し、モーマンは、ヨーロッパの語源となったエウロペ(牝牛の女神)の象徴である”犠牲”性に、長期間の外部支配やプロテスタントとカトリックの対立など、故国ベルギーの歴史を重ね合わせているのではないでしょうか。また、旧約聖書「金の子牛」に端を発する”物質崇拝”や”拝金主義”的な意味として、高価なファッション・ブランドを揶揄する機知も包含しているように思えてなりません。
 加えて壁に目を転じれば、従来辛うじて隔てられていたウオール・ペインティングとタブロー作品は、前回の『transgenerationconnection』展(nca/2013年9月)から、もはや融合しており、まるで一つの大きなインスタレーション作品であるかのようです。それは、天井画や壁画から、イコンに代表される板絵を経て、17世紀にキャンバスが発明されるに至る、ペインティングの歴史を貫き共存しているかのようです。しかも、「グラフィティ」がその出自を、街中における違法な落書きとするなら、いわゆる「グラフィティ・スタイル」を踏襲しながらも、ある種のコミッション・ワークとして描かれるモーマンの作品は、むしろ絵画の起源たる礼拝堂を覆う宗教画に近いといえるでしょう。このように彼の作品は、常に「聖」と「俗」を併呑しながらも、自らが拠って立つ世界の歴史を作品の中で再びトレースし直しているのです。
 新作のペインティングでは、モチーフ自体がまるで動いているように見えます。「刺青もある段階までくると文様がただの文様ではなくなってくる、それまでとは違った何かが加わってくる。(中略)いったん膚に入ると、静かながらもからだの奥底から『生き物』として息をしはじめる」※4という証言にもあるように、彼の作品に描かれた有機的なモチーフ達が遂に覚醒しはじめたのかもしれません。

宮津大輔 (アート・コレクター)


※1:日本では明治五年(1872年)外国人の目を気にした政府が、違式詿違条例により刺青を禁止している。以降、昭和二三年(1948年)軽犯罪法の施行に伴う同条例解除まで、76年間もの長きに渡り非合法とされてきたため、すっかり裏社会のものとなっていた。
また、2017年9月には、刺青を彫ることが医療行為に当たるかどうかが争われた医師法違反事件で、「医療行為に当たる」と判断、同法違反罪に問われた彫り師に対して有罪判決を言い渡した。
一方、2018年2月米連邦地裁は、ニューヨーク市にあったグラフィティの名所「5 Pointz」を取り壊した住宅開発業者に対し、壁に描かれていたグラフィティ・アートの作者21人に計675万ドル(約7億2300万円)の損害賠償を支払うよう命じた。連邦法でグラフィティ・アートを保護すべきとした画期的な判断となる。

※2:タイモン・スクリーチ著 高山宏訳 『春画―片手で読む江戸の絵』 講談社 67ページ
※3:Wim Delvoye 『Art Farm』 https://wimdelvoye.be/work/art-farm/art-farm/
※4:宮下規久朗著 『刺青とヌードの美術史』 日本放送出版協会194ページ

その他参考文献
小山騰著 『日本の刺青と英国王室』 藤原書店

ジャン=リュック・モーマン
1967年、ブルッセル生まれ。

近年の主な個展:Reding & Nosbaum ルクセンブルグ、ルクセンブルグ (2017) / Docksbruxsel, intervention in situ、ブリュッセル、ベルギー/ Espace Louise 186、ブリュッセル、ベルギー (2015) / Reding & Nosbaum ルクセンブルグ、ルクセンブルグ (2015) / Alife, Marie-Christine Gennart, Contemporary Art、ブリュッセル、ベルギー (2014) / Hybridsky, Place du Carré des Arts, Gallery Isabelle van den Eynd、モンス、ベルギー (2014) / Untitled, Galerie Frank Schlag & Cie、エッセン、ドイツ (2014) / Sportcomplex Drieburcht、ティルブルフ、オランダ (2014) / nca | nichido contemporary art、東京 (2013) / Galerie Suzanne Tarasiève、パリ、フランス (2013) / Galerie Leu、ミュンヘン、ドイツ (2013)
近年の主なグループ展:Mont des Arts、ブリュッセル、ベルギー (2017) / Canvas, West Palm Beach outdoor Museum show、マイアミ、アメリカ (2015) / Galerie Suzanne Tarasiève、パリ、フランス (2015) / Galerie Leu,ミュンヘン、ドイツ (2015) / Centre Albert Marinus、ブリュッセル、ベルギー (2015) / Macro -Musée d’Art Moderne、ローマ、イタリア (2015) / Moderne de la ville de Bruxelles、ブリュッセル、ベルギー (2015) / Knokke、ブリュッセル、ベルギー (2014) / Emme Otto gallery、ローマ、イタリア (2013) / Academia Belgica, ローマ、イタリア (2013) / Galerie AND、バルセロナ、スペイン (2013) / Cabinet de curiosités contemporain, Venice Biennale、ベニス、イタリア (2013) and others


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