nca | nichido contemporary art

EXHIBITION
2024.10.12 - 11.16


リム・ソクチャンリナ
「水のエレメント – トレンサップ湖は浮いている」


Upcoming:10/12~
 
9月27日(金)~10月5日(土)は常設展を開催いたします。



会場:nca | nichido contemporary art
会期:2024年10月12(土)~ 11月16日(土) 
gallery hours: 火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
オープニングトーク:10月12日(土)17:00 ~ 18:30
出演:リム・ソクチャンリナ x 宮津大輔 (アートコレクター / 大学教授)  *言語:日 | 英
お申込みはこちら
オープニングレセプション:10月12日(土)18:30 ~ 19:30

nca | nichido contemporary art はカンボジア出身のリム・ソクチャンリナによる新作個展、「水のエレメント – トレンサップ湖は浮いている」
を開催いたします。
リムは現代のカンボジアにおける政治や経済、環境、文化的変化やその問題に焦点をあて、写真、映像、パフォーマンスなど多様な手法を用いて作品に表しています。
「水のエレメント – トレンサップ湖は浮いている」は、リムが近年の気候変動問題をテーマにしたプロジェクトのひとつで、2011年に初めてカンボジアのシェムリアップ市から35km離れたタンレサップ湖畔のコンポンプルック漁村に訪れて以降、毎年訪れ、村民と共同生活をしながらリサーチを重ねて完成した最新作のシリーズです。本展で映像インスタレーションとスライドショーと写真作品13点を発表します。


リム・ソクチャンリナは、2010年カンボジアのノートン大学経済学部を卒業。在学中から独学で美術を学び、現在はプノンペンを拠点に活動しています。2007年から、同地では数少ないアート・スペースであったJava Cafe & GalleryやSa Sa Art Gallery(後のSA SA Art Projects、現在は活動終了)のグループ展などに参加して頭角を現しはじめます。
2019年nca | nichido contemporary artにおける日本初個展では、内戦や政変、そしてクメール・ルージュ(ポル・ポト派)による惨禍の傷跡も未だに生々しい同国で、急速に進む都市開発や工業化の象徴として、蓮池や荒涼たる大地に屹立する工事用フェンスを捉えた《WRAPPED FUTURE II(包まれた未来 II)》シリーズ(2019年)を発表しました。工事現場を囲むフェンス(2009~12年の《WRAPPED FUTURE (包まれた未来)》では、都市の工事現場をテーマにしていました)は過去と未来を隔てる境界であり、失望や怒りを隠し、ひとときフェンス内で起こっている出来事が希望であると錯覚させる役目を担っています。
また、シンガポール・ビエンナーレ2019では、悪徳ブローカーに騙されて3年もの間タイ領海内で不法労働に従事させられた若者を取材し、自作の詩を海中で朗読する映像作品《Letter to The Sea(海への手紙)》(2019年)を展示しました(ncaでは、2022年の「ストーリーテラー Vol.1(Storytellers -Through the lens of contemporaneity Vol.1)」展で紹介)。更には、2022年のドクメンタ15に参加するなど、活躍の場を世界へと拡げています。
さて、カンボジアは古(いにしえ)より「水の王国」と称され、豊穣を願う正月の「水かけ祭り」や、伝統的な手漕ぎ舟によるボート・レースで水の恵みに感謝を捧げる「水祭り」(11月)が国民的祝祭として広く知られています。
メコン河から内陸へ120キロほど遡上したシェムリアップ近郊には、東南アジア最大のトンレサップ湖が広がっています。“伸縮する湖”の別名を持つ同湖は、水量が増す雨季(6月~10月)にはその面積を乾季の3倍以上にまで広げ、琵琶湖の約4倍相当となる1万6000平方キロにも達します。洪水期にメコン河から水を飲み込み、渇水期には吐き出すことで、いわば天然ポンプとしての機能を有することで、”カンボジアの心臓”として非常に豊かな生態系を育んでいます。メコン河流域に生息する淡水魚約1,200種のうち、200種以上が確認されています。また、トンレサップ水系の漁獲高はカンボジア内水面漁業(河川や湖沼での漁業)総水揚げ量の約半分を占め、同国民のたんぱく質摂取量の60パーセントを賄うとさえいわれています。
ところが近年、こうした豊かな自然の恵みに看過できない異変が起きています。雨季を迎えても以前のように湖水が増えず、水質汚濁は周辺住民の健康や飲料水供給に深刻な事態をもたらしているのです。また、パーカーホ(コイ科最大の魚で、カンボジアの国魚)やメコンオオナマズといった大型の魚類は姿を消し、漁獲高も減少の一途を辿っています。その主たる原因は、地球温暖化などの気候変動であることはいうまでもないでしょう。また、「一帯一路」を掲げる中国からの資本流入と大規模開発によって造成されたダム群や、森林伐採、そして鉱石採掘も環境破壊に大きな影響を及ぼしています。加えて、電気ショックや薬品、モーター・ボートやポンプを使用した経済効率を最優先する違法漁業の横行も無縁とはいえません。
こうした社会問題に対して大いなる関心を寄せるリムは、10年以上にわたってコンポンプルック集落で漁業を営む家族のもとを訪ね、取材し続けています。今回ncaで開催される個展「水のエレメント:トンレサップ湖は浮いている(The water element:Tonle Sap Lake is floating)」で発表される一連の作品では、トンレサップ湖とその氾濫原や浸水林に生息する多様な生物たち同様に、今や生存の危機に立たされている同湖を生活基盤とする人々の日々の暮らしに焦点を当てています。
産業革命以降、長きにわたり大量の二酸化炭素やメタンなどを排出しながら、工業化の恩恵を享受してきた先進諸国主導による温室効果ガス削減アクション対し、未だ発展途上の国々は不公平感を募らせています(しかも、現在、排出量第1位の中国と第2位の米国は、共に脱炭素に対して決して積極的ではありません)。また、トンレサップ水系のダム5基をはじめ、基幹インフラ整備や鉱業及び林業における中国資本への依存は、カンボジアの経済安全保障を脅かすものといえるでしょう。脱植民地主義が声高に叫ばれる一方、トンレサップ湖で起きていることは、時代に逆行する反未来志向の営為といっても過言ではありません
海洋における漁業従事者の人権を蹂躙し、詐取する現代の奴隷制度犠牲者に対する鎮魂歌(レククイエム)《Letter to The Sea(海への手紙)》と、トンレサップ湖の憂慮すべき状況を描いた今回の個展で発表される作品群は、大国の思惑に翻弄される「水の王国:カンボジア」の多様で複雑な21世紀の姿を捉えたポートレイトといえるでしょう。
映像作品《Flow like water》を投影するスクリーン代わりのトンレサップ湖水は、振動など微細な環境変化が水面に波紋を生み、また、見る角度で異なる画を映し出します。それは、まるで「国益」や「民意」、あるいは「利害」が、誰にとっても決して同じものではなく、移ろいやすいことを表しています。
また、リムはオーディエンスに対して展示作品に触れるという禁忌を破り、水を入れた容器や湖水自体に触れ、投影環境を積極的に変化させることを半ば促しています。それは、単なる観客参加型作品という枠を超えて、気候変動への対応が「宇宙船地球号」の乗組員である私たちひとり一人にとって急務であることを示唆しているようです。

テキスト:宮津大輔(アート・コレクター / 大学教授)

リム・ソクチャンリナ
1987年カンボジア・プレイベン生まれ、プノンペン在住
2010年 ノートン大学 経済学部卒業 BA (カンボジア)

主な個展:”Wrapped Future II”, nca | nichido contemporary art, 東京 (2019) / “National Road Number 5”, アートステージシンガポール(2016) / “Urban Street Nightclub”, アートステージシンガポール(2014) / “Urban Street Night Club”, SA SA BASSAC, プノンペン(2013) / “Wrapped Future”-Triangle Park (BAM), ニューヨーク (2013)
主なグループ展:”水の越境者(ゾーミ)たち」紀南アートウィーク”、和歌山 (2024) / "Archipelago: Paradise Revisit"フォトフェスティバル,シンガポール (2023-24) / “River Pulses, Border Flows”, Guangdong Times Museum, 中国 (2022) / “エモーショナルアジア: 宮津大輔コレクション x 福岡アジア美術館”, 福岡アジア美術館 (2022) / “Maja Tuk Maja Day (Master of Territory)”, ドクメンタ15, カッセル・ドイツ (2022) / "Space In Between", Chankiri House complex, プノンペン・カンボジア (2022) / "In Between", nca | nichido contemporary art,東京 (2022) / "Maja Tuk Maja Day (Master of Territory)", Sa Sa Art Projectm, プノンペン・カンボジア (2022) / "Phnom Penh 2043 - アジアンアートビエンナーレ" 国立台湾美術館、台湾 (2021) / "My Home? Identity XVI - curated by Kenichi Kondo" nca | nichido contemporary art,東京 (2021) / シンガポールアートビエンナーレ(2019年11月)/ “Sun shower: Contemporary Art from Southeast Asia 1980s to Now,”高雄市美術館、台湾(2019) / “Count the waves” 東京芸術大学陳列館、東京 (2019) / “National Road Number 5”,バンコクビエンナーレ、タイ (2018) / “Wrapped Future II”, フォトプノンペンフェスティバル、カンボジア (2018) / “Sa Sa Art Project”, シドニービエンナーレ、オーストラリア (2018) / “Sunshower: Contemporary Art from Southeast Asia 1980s to Now”, 森美術館、福岡アジア美術館 (2017) / “Histories of the Future”, 国立プノンペン博物館、カンボジア (2016)


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